Runner in the High

技術のことをかくこころみ

AIが普及すればUIは不要になっていく、についての所感

結論から言うと、全く不要にならないと思っている派なのだが、自分の中でうまく言語化できていなかった。

ところが、たった今シャワーを浴びていたら、ふと数年前に妻と韓国でウェディングフォトを撮影したときのことを思い出した。


当時の我々は、いくつもクオリティの高い写真を上げている現地のウェディングフォト専門のフォトグラファーをインスタグラムで見つけていて、その彼らに撮影を依頼しようと考えていた。*1

こういった業者(厳密には個人運営のフォトグラファースタジオ)とのやりとりにおいては、現代なら彼らのウェブサイトを経由してプランの申し込みや見積もりの検討をするのが普通... みたいなイメージがなんとなくある。しかし、彼らはざっくりとしたペライチのNaverのウェブサイトしか持っておらず、そこにはあまりに漠然とした撮影の内容やプランの情報しか書かれておらず、詳細はカカオトークで直接問い合わせてください、という流れになっていた。*2

今思えば、撮影期間中の流れはある程度ベースのプランがあれど大部分がオーダーメイドの撮影であったので、事前にあらゆる内容をウェブサイトの情報でカバーするのは不可能という理解ができるのだが、この"すべてが問い合わせベースで進む"という体験は、我々にとってかなり認知負荷が高かったのを覚えている。

韓国語を少しばかり扱える妻が基本的には相手とやりとりをしてもらっていたのだが、まず流暢な母国語でないという点もあれど、それでもウェディングフォトというものの性質上あまりに考慮するべき情報が多く、最終的には現地に在住しているウェディングフォト専門の日本人コーディネータにやりとりを仲介してもらうことになった。

そこからは大変スムーズにコトが進み、無事当日を迎えられ、記憶に残る素晴らしい数日をチェジュ島で過ごすことができた。


つまり何を言いたいか。

幾らか違いはあれど、現地のフォトグラファーとカカオトークで問い合わせをした経験は、AIとのチャットインターフェイスだけで作業を進める体験に近くないか? ということ。

チャットというインターフェイスである以上、まずは自分たち自身が何を知りたい/させたいのか整理して問い合わせをしないと先に進めない。さらに、その結果出てきたものが自分たちの期待と違うこともあるし、期待以前に理解できないフォーマットの可能性もある。とにかくキャリブレーションするために問い合わせのサイクルを回し続けないといけないし、そのサイクルがいつ終わるかも事前には予期できない。いろいろなストレスがたまる。

良いUIというのは、その辺のホスピタリティがあるというか「あなたが見たいのはこういう情報でしょ?」というのを先回りして整理したものが置かれていて、それを見るだけで必要な情報の大部分が得られるようなものだ。いい感じで整理された情報を目でパッと見るのと、頭で考えて文章にしたものを送ってその返答内容を精査するのとでは、脳みその負担に雲泥の違いがある。会話しながら「もしかして自分の質問の仕方が間違ってる?」とか思ったりするのもダルい。

というわけで、やはりいろんな作業をチャットベースだけでやる世界はかなり不便ではないかと思った今日この頃。

*1:韓国のウェディングフォトは日本よりもシネマティックで本当にクオリティが高い(個人的感想)

*2:どうも韓国(というかアジア圏?)の個人運営系のビジネスはそういうのが多いらしい。良く言えばすごく融通が効くが、悪く言えば事前に何ができるのか全く分からない。